お侍様 小劇場
 〜枝番

   “本日はお日柄も良く” (お侍 番外編 122)



     付け足り



先月の末ごろに、とある審問が開かれた。
静岡の奥座敷と呼ばれる閑静な屋敷町に古くから鎮座まします、
モダンな洋館風の結構な大屋敷があり。
御影石の表札に、楷書をやや崩した達筆で島田と刻まれたその屋敷の、
奥まった執務室へと召喚されたのは。
はるばると関西からお越しの
須磨支家の総代・丹羽良親と、山科支家の総代・佐伯征樹の二人。
大年寄りがたんと健在な一族ゆえ、まだまだ若手の口ながら、
実質的に今現在の西方の支家を統べるとも言われ、
惣領様をよく支える“双璧”とまで呼ばれている、
重鎮中の重鎮という顔触れが呼び出されたとあって。
年若い者らはどんな重大事が出來したのだろかとあわあわし、
よくよくこなれた年頃の顔触れは何とも言えぬ苦笑を零し、
もっとずっとこなれた大年寄りたちは、
もっとしわを増やしたいかと思うほどの渋面をして見せていて。

 「儂が何を訊きたいかは、言われずとも判っておるのだろう。」

まるで新月の晩の夜陰のように、
つややかで深みのある漆黒を満たした黒檀の天板へ。
両方の肘をつくとその先の双手を重ね、
そこへ顎を預けるようにして少々前かがみとなったは、
我らが島田一族の宗主にして、倭の鬼神との二つ名を持つ、
島田勘兵衛その人で。
壮年と呼ばれる年頃となっても、イタリア製のスーツに着られ負けしない、
野性味あふれる強かな肢体は一向に衰えず。
気概のほうも屈強精悍、鋭にして豪。
いまだに実戦の場へ単独で突入するを厭わぬ、
獅子であり続ける武人でおわし。
そうであればこそ、彼の声は単なる上意下達とはならぬのではあるが、

 「勘兵衛様こそ。
  とうに責任者は罰してしまいはったと聞いとりますのに、
  何で今更、俺らの口から話 聞き直しますのんえ?」

甘い風貌に冴えた印象の肢体も相変わらずの、西の美丈夫。
質問へ質問を返すという、
恐れ多くも不遜なことをしでかす良親の強腰な振る舞いも、
それを許される身である筈という驕りからではないと。
そっちもまた、ようよう判り切っている勘兵衛としては、

 「……処分を書類に残さぬわけには行かぬのでな。」

自分だってこんな“形式”めいた面談、
本意から付き合ってる訳ではないと言いたげだ。
それへ すかさず、

 「訓告、いうことですね。」

多少は訛りを押さえた口調で応じたのが征樹だったのは、
どうやら彼らの間で“役割分担”が決まっているらしく。

 “憎まれっ子役が良親で、書記への通訳担当が征樹、ということか。”

彼らだとて、その地位に就くに何とか相応しいほど、
結構な年齢の男らであるのだが。
時折 羽目外しとしか思えぬ言動をやらかすものだから、
勘兵衛からの見識もまた、いつまで経っても悪餓鬼の域を越えぬ。
蓄積はそれぞれに たんとあろうに、
だからこそ溜め込んだ
苦渋だとか錯綜だとかを吐き出したくてか。
それとも、
こんな大人にはなるなとの反面教師としての実演か。
それともそれとも、
才も人望もあっての尋深い身であるのに、
賢く要領よく生きるなんて御免だと言いたいらしい遠吠えか。

 “ほんの半日か、数時間か、
  儂や こやつらへというランクの務めの手配が、
  間違いなく止まるワケだから、はた迷惑には違いないのだがな。”

まま、だからといって
やらかしたことへの責任を、直接の実行者へのみ負わせず、
こうして自分らがと出てくるところだけは見上げたもんで。
そこまで、あれこれ既にお見通しというか把握済みの案件を、
一から浚おうだなんて、

 “そんなことのために駿河まで。”
 “ホンマですなぁ。”
 “現場になったんも東京でしたのになぁ。”

この格の彼らへの審問となると、勘兵衛が出張らなければならず。
三人揃って、本心では時間の無駄遣いだなぁと思いつつ、
とはいえ、何の対処もなく放ってもおけぬことには違いないと、
デスクの片隅に置かれてあった、
表紙つきで綴じられた書類を手にした勘兵衛であり。

 「失策を帰した彼奴は、しばらくほど木更津あずかりとなった。」
 「あんまり遠ォないとこ流しですなぁ。」
 「流しという言い方はよせ。」
 「せやかて、俺らがお節介せんかったら、
  世間が半月は大騒ぎしとった事態になっとったかも知れませんのに。」

某国に派遣されてらした別国の大使が、その身を強引に拘束されたその上、
逆らえば令嬢の身も危ないと脅されておいでだったので。
大使救出と令嬢の身柄を保護という
二元同時進行の作戦を展開していたのだが。
その令嬢と、某コンツェルンの紅ばらの令嬢が取り違いをされ、
しかもそれと察した日本側の実行班の指揮官が、
何を勘違いしたものか、
相手の間違いを放置することで令嬢への危険を減らすという
片手落ちな料簡で楽を掻こうとしたものだから。

 「下手打ってたら、
  三木さんトコのこいさんの方が、
  攫われはるか大怪我してはったかも知れん。」

こいさん? お嬢さんって意味ですよというやりとりを挟んでから。

 「そちら様には、自前の護衛がいたと報告されているが。」
 「保護者の間違えですて。」

確かに、あの千秋楽の日ィは
初演のときにも来てはったお兄様が送り迎えにと来てはりましたけど。

 「学生時代は剣道の上級者やったらしですが、
  今は町のお医者さん。
  あのこいさんの主治医やそうで。」

 「それを“護衛”やなんて、曲解もええとこです。」

捏造ってこないして構築されるんやな。
ホンマ、恐ろしなぁ。

 「まあな。」

その点へは勘兵衛も深く同意であるらしく。
彼奴の報告から、そんな余計な入れ知恵をした古ダヌキがいたらしいので、
教唆という格好で責任取らせるつもりだと。
そっちへの追及が厳しいものとなるのも、
きっと、こんな面倒な場を設けさせられた腹いせか。

 “…それは言い過ぎやて、もーりんさん。”

ははあ、そうですかねぇ。(苦笑)

 「で。どっちが“七郎次をそそのかそう”と思いついたのだ?」
 「は?」
 「どっちて。」

つか、先に勘兵衛様が、
そういう動きがあるらして、何か手ぇ打ってくれて、
任地からメールして来はったんですやんか。

 「遠隔地に居てはった勘兵衛様が、
  せやからこそ物理的に 即行的速やかな手ぇ打たれへんかったように。
  俺らかて正式な拝命のない務めへほいほい割り込んだら、
  それは立派な規約違反やてな。」

 「しかも、縄張り…ちゃうて、管轄違いもはなはだしすぎやし。」

そうは言ってももう時間はない。
それがほんまもんの標的であれ、
まだ女子高生ゆう可憐なお嬢様へ、
問答無用で掴みかかって攫う気満々やったよな相手。
ましてや何の警戒もしてへんお嬢さんが
いきなり襲撃されるやなんて どんだけ恐ろしことか。
しかもしかも人違いやて判ったら、
どう転んでも口封じに殺されかねんと来ては、

 「手ぇ打たんで どないするっちゅう話ですわ。」

品のいい所作がお似合いな、形もきれいで色白な拳をぐうにして、
おっちゃんそんなん許さへんでーっと、
お怒りのポーズで力んだ、甘いくせっ毛の美丈夫さんへ。

 「…良親、お前 大阪弁と違うか、それ。」
 「あ、しもた。堪忍え。」

お約束の脱線を挟んでの それから。

 「強引には違わへんけど
  いっそ正式なお務めのダブルブッキングにしよ思ても、
  もう時間があらへん。
  公演の初日が明日ゆうとこまで迫っておいやしたんで、
  こうなったらの奥の手、
  一族に正式なつながりを持たんお人が
  勝手に人助け…てゆう格好を取らしてもらいました。」

 「…らしいな。」

成人となり、鍛練のほども認められた末に、
支家への配置を拝命されることを“名乗り上げ”というのだが、
それを受けていない顔触れも、
大きな作戦の中で、
伝令やおとりなどという小さな任務をこなすことがないではない。

 「ただし、
  万が一、事件性のある事態へと発展したおりに
  関係者と見なされぬ程度のことというのが前提ではなかったか?」

 「……微妙でおわしたなぁ。」
 「ほんまや。
  選りにも選って、あの警部補はんが出て来やはるとは。」

勘兵衛様によお似てへんか、あのお人。
名前も一緒やし年の頃も似たはるよって、
同んなじ星の天啓受けはってんて、きっと。

 「お前ら…。」

それで誤魔化し切れてるつもりか、と。
さっさと一件落着という会話に入っている二人を睨みあげた勘兵衛だったが、

 「現に追跡は紙一重で躱しましたやないですか。」
 「向こうさんがご親切にも悟ってくれたからだろうが。」
 「それに、七郎次はんやなかったら、
  ああまでお見事にあのお嬢様、庇い切れたかどうか。」

征樹の付け足しへ“?”と首を傾げた勘兵衛だったのへ、

 「ほれ、見とぉくなはれ。」

ジャケットの内ポケットから彼がつまみ出したのは一枚の写真。
少し大きめ、はがき大にプリントされたカラーのそれには、
それは愛らしい少女らが、
蓋のついたカップで カフェラテだろうか味わいながら、
街角のテラス席で無邪気に笑い転げておいでの図が捉えられており。
金髪と赤毛のキュートなお嬢さんがたのうちの、

 「……この娘さんは。」
 「さすが、気ぃつかはるのも早よぅおすな。」

今回の護衛対象だった綿毛頭の少女の傍ら。
少しほど掬った自前の髪で器用に編み込んで、
カチューシャのようにした清楚な髪形が何とも愛らしい、
もう一人の金髪さんが、

 「よぉ似てはるでしょう? おシッちゃんに。」
 「……その呼び方はよせ。」

さすがに、十代の女子高生を捕まえて瓜二つは言い過ぎだけれど。
面差しの印象や、笑顔の甘さ、
ちょっとだけ仰向いて笑う朗らかなところや、
ルーズな襟ぐりが落ちやすそうな、セクシーな撫で肩まで同じと来て。

 「一番の仲良しさんにそっくりの七郎次はんやったら、
  怪しまれにくい、いっそ懐いてくれはるんちゃうやろかて。」

 「あのな……。」

それが一番の動機だと主張した彼らだったが、
果たしてどこまで本気だったものなやら……。





     ◇◇



そんなこんなで
何だかややこしいことへと引っ張り出されてしまった七郎次であり。
いくら こちらからちょっかいかけをしたのが発端だったとはいえ、
もしも知らん顔でいたらば、
今頃どうなっていたかも知れぬ立場だったのにとか。
それを説明しないのはこっちの勝手だとしても、
一般人相手のお願いやおねだりにいちいち応じていては際限がないとか。
大おとなの煩さがたの皆様がこの事態を知ったなら、
いくら須磨や山科の総代がけしかけたという流れあってのことであれ、
いくら…最初の取っ掛かりの務めのおり、
実行班の指揮官が大きな間違いをしたのが
そもそものことの初めなのだと言っても、

 *くどいようだが、既作『サマーエンド・ラプソディ』参照。

そういった事情があったとはいえど、
これ以上はない大例外事態をしでかしてしまった彼なのには変わりなく。
そういったあれやこれやに関しても、
わざわざクギを刺さずとも、重々心得ていた彼とその周辺なのだろうから。
宗主たる自分がわざわざ何か言って
話をますますややこしくすることもなかろう、
自分は預かり知らぬことと
納まり返っていた方がいいのだと思って傍観しておれば。
罰を与えた者が出た以上、
何があったのかという点もうやむやには出来ませぬ。
それなりの監査として、審問の場を設けていただきますと。
薄々気づいておいでだったなら、これ以上の説明も要らないでしょうよと、
それこそこちらへも おしおき半分らしき処遇が回って来たものだから。
勘兵衛としては面白いはずもなく。

  そうしてそして、
  ほんの1時間もかからなんだ審問のため、
  わざわざ駿河まで戻った半日仕事のお陰様。
  せっかくの休みが出社と同じ消化だったことが、
  何より一番堪えた勘兵衛様だったそうであり。

  『勿論、
   お主が怪我一つ負わなんだ無事な帰還は、
   褒めてやりたいことだがな。』

可憐な美少女の騎士(ナイト)という務めを、
見事に果たしおおせた恋女房の冒険へ、
あらためて複雑な想いを抱いてしまった宗主様から、
やや遠回しながら、
このような無茶は頼むから控えておくれと切望されたのは、
そう遠くはない日のことだったのだが。




 「七郎次。」
 「はい。」
 「あちらの“鳩”にも、こっちのバカにも言うておいた。」
 「はい?」
 「もう、このような任務外任務は来ぬし、
  またぞろ あの馬鹿どもから何か仄めかされても
  決して引き受けるな、よしか?」
 「は、はい。」

秋の夜長、それは涼しい風が入るのをやや嫌い、
窓を閉めにいった恋女房殿が戻って来たのを、
寝台の上、横座りしたまま
“もそっとこちらへ”と、懐ろへ入るように目顔で誘い。
寝場所が落ち着いたところへと、
そんな風に切り出した勘兵衛だったのは。
先だっての
“こっそり護衛のお務めを手掛けちゃったぞ”騒動での折のように、
朝一番で駿河まで出向いて、
そこへと召喚されていた西のお馬鹿大将へ、
一般人とシチとの中継ぎなんぞしおってからにと、
説教を垂れた…という面倒を自分に繰り返させたことへの、
ある種、お説教もどきな言いようであり。

 「………。」

勿論、請われてとはいえ挙式PVに出たことへ、
浮かれてなんかいなかった七郎次としては。
叱られているのだと判ってのこと、
しゅんと萎れかかったのへ、

 「…お主を軽んじている訳ではないからな。」

やさしい撫で肩ごと、その上体を懐ろへと抱き込んで。
え?と見上げて来た細おもてへ、
わざとらしくも口許をへの字に歪めて見せてから、

 「発端になった先の騒動では、
  馬鹿をやらかした者の失点、
  よくぞフォローしてくれたと思うておるし。」

あの馬鹿、もとえ良親や征樹がそうしただろう
やったねと盛り上がったのと同じよに、
快哉の拍手を贈りたいほどだが、

 「ただな?
  そういうところから、
  お主が進退窮まって追い詰められやせぬかと。
  そうなったらまた一人で抱えやせぬかと思うと、
  居ても立ってもおれんのでな。」

 「あ………。////////」

頬へと落ちかかる金の髪を、
いかにも不器用そうに指先で退けてやり。
腕の中の柔らかな温みが、
お顔を隠したいか擦り寄ってくるのを
もっともっとだと抱きすくめつつ。

 何があっても守る覚悟はあるけれど、
 どうか、知らぬところで傷つかないでと

時々無茶をする恋女房へ、
頼むからと祈るように。
腕の輪を少ぉしキツめに締めつけ、
せつない想いをそこへと込めてしまった勘兵衛様、
立派な壮年殿だったそうでございます。






   〜Fine〜  12.09.21.


  *加工前のPV素材を
   ポンパドールの御曹司からもらいましたと、
   良親から連絡が入ったのはその翌日のこと。
   愛らしい花嫁さんをエスコートする七郎次さんは、
   それは凛々しく、格好よかったものだから。

   「勘兵衛様、勝てないかもしれない。」

   そんな一言を漏らしたのは、
   一体どなたの心やら。


   わ、儂ではないぞ?
   大体、儂に無茶をしてくれるなと
   いつもいつも言うのは奴のほうなのだぞ。
   無事に戻って来てくださいね
   戻って来なかったなら酷いですよなんて、
   戻らぬ相手へ何をどう“酷いこと”をするのやらだが。
   しっかり者だと思わせといて、
   そういう可愛いところの方が実は多いのを、
   久蔵は知らぬようだが、
   わざわざ教えてやるつもりはないしな。


   ………勘兵衛様、ツンデレ?

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る